2012年10月20日

重文になってしまいました・・・

以前にも記事にしましたが・・・・
私の母校である小学校 愛媛県の片田舎にある「日土小学校」の木造校舎が国の重要文化財になってしまいました・・・・
報道で見てちよっとビックリ・・・
http://www.hizuchi.com/kodama/
更に世界でもその設計思想が認められたようです。
http://www.wmf.org/sites/default/files/press_releases/2012-WMF-Knoll-Modernism-Prize.pdf
こちら大分には「世間遺産」という言葉を生み出した写真家の藤田洋三氏がいらっしゃるのですが、氏と話をした時に「あんな学校に通っていたからこそ、こーいう思考の奴が出来るんだ」と喜んで頂けた事を思い出しました。
私は設計士の資格こそ持ち合わせませんが、建築家であるとは思っています。
この日土の町と、それをとりまく明治期に四国で最も栄えていたと言われる保内町が私の慣れ親しんだ町です。
江戸末期に建てられたらしい実家で育ち、同じく江戸末期に建てられたという日土幼稚園に通い、日土小学校で6年間学び、中学生にもなれば保内の町で明治・大正・昭和初期の洋館を眺めてきました。
ある意味、高校を卒業するまで、近代建築なんて無縁な世界だったのかもしれません。
もともと建築の世界を志していた訳ではありませんが、紆余曲折を経てログハウスを専門としています。
「人が暮らすスペース」として現代のライフスタイルに合わせつつも、日本という気候の中での木造建築として相応しい形を求めています。
ただデザイン的にはかなり北欧系に傾倒してはおりますが・・・
今度、実家に帰ったら久々に小学校を隅々まで見てみよう・・・
ってまだ頭の中にしっかりと残っていますが・・・・
2011年04月08日

木造モダニズムの可能性
東京の竹中工務店さん1階にあるGALLARY Aにて6/3まで
「八幡浜市立日土小学校と松村正恒展-木造モダニズムの可能性-」が開催されています。
弊社もたまに薪ストーブの広告でお世話になっている雑誌「チルチンびと」第66号の巻末インフォメーションで見つけました。
すでに日本の設計業界、特に木造設計の世界においては「知らなければモグリ」ほど有名になってしまった日土小学校
私もよーく知ってます。隅々まで。
なんてったって6年間も通ってたんですから・・・・(爆)
1956年の竣工、私が入学したのは1975年?既に築20年くらい経っていた訳です。
古い学校ってイメージだけでしたね。
まぁ高校生になっても、社会に出ても小学校はずっとそのまま(東側にあった古い校舎と講堂が潰されて現在の体育館に変わった、プールの場所には元々中学校の校舎があった)
当時は全校生徒200数十名、学年は僕らは1クラス、1つ上と下が2クラスあったかな?
僕らは6年間ずーっとほぼ同じメンバーで小学校時代を過ごしています。
転校生が3人居たはずですが、1人はすぐに来なくなったはずで・・・
木造小学校で当時から「変わった建物」という認識はありました。
特に階段とピロティ、川に張り出したベランダや鉄骨の非常階段とか・・・
久々にサイトを覗いてみると、学校の図面とかありました。
現在は西新校舎が出来ていますが昔はなかった。西校舎の位置には離れの家庭科室がありましたね。
東校舎一階
1年生---図工室
2年生---家庭科室
3年生---理科室
東校舎二階
4年生---多目的室
中校舎
5年生---パソコン室
6年生---普通教室3年生
だったと薄ら記憶・・・
1コ上と下の学年が2クラスだった為、当時の教室の割当って結構飛び回ってたような・・・
二階にあがるとお兄さんになったような気分でしたね。
図書室はそのまま
音楽準備室は第二図書室でした
下の特別支援室は校長室
作業室が保健室だったかな?
階段下の理科準備室は購買で、朝ここでエンピツや消しゴムを買う事が出来ました。
中校舎奥の4年生普通教室はどん詰まりで音楽室でした。
下の今の校長室と保健室は何だったかなぁ???
ただこの前が給食受け取るところで、ここから屋外に出て渡り廊下で古い西校舎、そこをスルーして講堂へ行ってました。西校舎には特別室とか木工室や家庭科室がありましたね。
放送室は良く覚えています、私も放送係でした。
お昼休みに6年生の放送係は放送室で給食を食べながら昼の放送をするのですが、ここにはテレビがあり、最新式のビデオデッキ(初代の奴)があって、全校生徒の中で唯一お昼の番組を見る事が出来たんです。
私が6年生の時「笑っていいとも」が始まったはず、だって見た記憶あるもん。
今の給食受口のあたりには渡り廊下の横に池があり、カエルが居てよくカエル捕まえてましたね。
裏の川に下りて亀を捕まえたこともあったっけ?
トイレは最初は汲取りでした、在学中に水洗化された記憶があります。
小学校の校舎に対する思い出は「とにかくどこに居ても明るかった」ですね。
最も暗かったのは東校舎一回の廊下でしたが、それでも別に十分明るかった。
最も印象に残っているのが「冬のダルマストーブ」
冬になると用務員さんが各教室にダルマストーブを設置してガードで囲みます。
燃料は石炭、旧西校舎のトンネルのところに石炭置き場があり、そこへ取りに行ってました。
焚き付けはグループ分けして当番制で家庭から持っていってましたね。
ここでのストーブ体験から、今も薪ストーブを好むヘンな大人になってしまった訳ですね。
校庭には大きなイチョウの木があり、秋になると大量の落ち葉とギンナン
これも地区の当番制でギンナン拾いをしなくてはなりませんでした。
拾い集めたギンナンは、用務員さんが裏の川で洗って皮をむき、天日干しして販売されていました。
学校のギンナンは安いからと飛ぶように売れてましたね。
今は無い講堂、ステージに緞帳があってこれが開けられることはありませんでした。
イタズラして緞帳の裏に潜り込んだりしていましたが、真中に重厚なレリーフの額があり扉がついていました。今思えば、あそこにかつての国のシンボルの写真とか、教育勅語が飾ってあったのでしょう。
ステージの裏にはバックヤードもあり、倉庫もありました。
そこに運動会で使うテントなどが保管されていたんですが、講堂の床下に潜る事ができるようになっていて、ここには古い木製の机や椅子などが沢山ありました。
今度帰ったら、久しぶりに訪れてみようかな?
「八幡浜市立日土小学校と松村正恒展-木造モダニズムの可能性-」が開催されています。
弊社もたまに薪ストーブの広告でお世話になっている雑誌「チルチンびと」第66号の巻末インフォメーションで見つけました。
すでに日本の設計業界、特に木造設計の世界においては「知らなければモグリ」ほど有名になってしまった日土小学校
私もよーく知ってます。隅々まで。
なんてったって6年間も通ってたんですから・・・・(爆)
1956年の竣工、私が入学したのは1975年?既に築20年くらい経っていた訳です。
古い学校ってイメージだけでしたね。
まぁ高校生になっても、社会に出ても小学校はずっとそのまま(東側にあった古い校舎と講堂が潰されて現在の体育館に変わった、プールの場所には元々中学校の校舎があった)
当時は全校生徒200数十名、学年は僕らは1クラス、1つ上と下が2クラスあったかな?
僕らは6年間ずーっとほぼ同じメンバーで小学校時代を過ごしています。
転校生が3人居たはずですが、1人はすぐに来なくなったはずで・・・
木造小学校で当時から「変わった建物」という認識はありました。
特に階段とピロティ、川に張り出したベランダや鉄骨の非常階段とか・・・
久々にサイトを覗いてみると、学校の図面とかありました。
現在は西新校舎が出来ていますが昔はなかった。西校舎の位置には離れの家庭科室がありましたね。
東校舎一階
1年生---図工室
2年生---家庭科室
3年生---理科室
東校舎二階
4年生---多目的室
中校舎
5年生---パソコン室
6年生---普通教室3年生
だったと薄ら記憶・・・
1コ上と下の学年が2クラスだった為、当時の教室の割当って結構飛び回ってたような・・・
二階にあがるとお兄さんになったような気分でしたね。
図書室はそのまま
音楽準備室は第二図書室でした
下の特別支援室は校長室
作業室が保健室だったかな?
階段下の理科準備室は購買で、朝ここでエンピツや消しゴムを買う事が出来ました。
中校舎奥の4年生普通教室はどん詰まりで音楽室でした。
下の今の校長室と保健室は何だったかなぁ???
ただこの前が給食受け取るところで、ここから屋外に出て渡り廊下で古い西校舎、そこをスルーして講堂へ行ってました。西校舎には特別室とか木工室や家庭科室がありましたね。
放送室は良く覚えています、私も放送係でした。
お昼休みに6年生の放送係は放送室で給食を食べながら昼の放送をするのですが、ここにはテレビがあり、最新式のビデオデッキ(初代の奴)があって、全校生徒の中で唯一お昼の番組を見る事が出来たんです。
私が6年生の時「笑っていいとも」が始まったはず、だって見た記憶あるもん。
今の給食受口のあたりには渡り廊下の横に池があり、カエルが居てよくカエル捕まえてましたね。
裏の川に下りて亀を捕まえたこともあったっけ?
トイレは最初は汲取りでした、在学中に水洗化された記憶があります。
小学校の校舎に対する思い出は「とにかくどこに居ても明るかった」ですね。
最も暗かったのは東校舎一回の廊下でしたが、それでも別に十分明るかった。
最も印象に残っているのが「冬のダルマストーブ」
冬になると用務員さんが各教室にダルマストーブを設置してガードで囲みます。
燃料は石炭、旧西校舎のトンネルのところに石炭置き場があり、そこへ取りに行ってました。
焚き付けはグループ分けして当番制で家庭から持っていってましたね。
ここでのストーブ体験から、今も薪ストーブを好むヘンな大人になってしまった訳ですね。
校庭には大きなイチョウの木があり、秋になると大量の落ち葉とギンナン
これも地区の当番制でギンナン拾いをしなくてはなりませんでした。
拾い集めたギンナンは、用務員さんが裏の川で洗って皮をむき、天日干しして販売されていました。
学校のギンナンは安いからと飛ぶように売れてましたね。
今は無い講堂、ステージに緞帳があってこれが開けられることはありませんでした。
イタズラして緞帳の裏に潜り込んだりしていましたが、真中に重厚なレリーフの額があり扉がついていました。今思えば、あそこにかつての国のシンボルの写真とか、教育勅語が飾ってあったのでしょう。
ステージの裏にはバックヤードもあり、倉庫もありました。
そこに運動会で使うテントなどが保管されていたんですが、講堂の床下に潜る事ができるようになっていて、ここには古い木製の机や椅子などが沢山ありました。
今度帰ったら、久しぶりに訪れてみようかな?
2010年06月18日

被れました
ああ、痒いです、腕が・・・
伐採した木の中に「ハゼの木」がありました。
ハゼはウルシの仲間なので皮膚に当てると被れたりします。
暑かったので半袖で作業したのが災いしましたね・・・
腕が被れました。
1日開けてから発症するなんて、くそー
肌の弱い方、ハゼの木の下で雨宿りしただけでも被れる事があります。
注意したいですね。
まぁウルシほど強烈な被れではないので「ムヒ」塗っておけばすぐに治まります。
伐採した木の中に「ハゼの木」がありました。
ハゼはウルシの仲間なので皮膚に当てると被れたりします。
暑かったので半袖で作業したのが災いしましたね・・・
腕が被れました。
1日開けてから発症するなんて、くそー
肌の弱い方、ハゼの木の下で雨宿りしただけでも被れる事があります。
注意したいですね。
まぁウルシほど強烈な被れではないので「ムヒ」塗っておけばすぐに治まります。
2009年02月26日

地球温暖化と木
難しいお話です。
地球温暖化が叫ばれ、大気中のco2濃度の上昇が元凶であるとする説が有力視され支持を集めています。
その矢面に立たされているのが化石燃料であることは周知の通りですね。
地下深く封印されていた過去の時代のco2の塊たる化石燃料、原油に天然ガスなど、私達はこれらを資源として地上へ持ち出し、使い終わったカスとしてco2化して大気中にバラマクという行為をこの僅か100数十年の間に急速に行いました。
その結果地球を覆っているオゾン層にオゾンホールが・・・
という訳で「木」が注目されています。
なぜなら「木は地球上で唯一co2を長期固定化できる物質だからです」
だからどんどん木を育て、木を使って温暖化を防止しようなどと言われています。
ここで多くの誤解が生じています。
「地球温暖化を防止する為にはco2の削減が必要である」 これはyesだと思います。
「その為に木を植えましょう」 これはNOです。
「その為に植物を育てましょう」これは△です。
co2削減の為にはエネルギーの消費絶対量を減らす必要があります。
化石エネルギーを非化石エネルギーで代替する事が必要であるとされ、バイオマス発電だのペレット燃料だのと言われています。
もし、大気中に放出されてしまったco2がどこにも吸着、固定されないとすれば、例えバイオマスだろうとペレットだろうと原子力だろうと、大気中のco2は減りません。ただ増加スピードが鈍くなるだけですね。
発生するco2を環境負荷なく固定できる能力を持っているのは植物のみです。
植物は大気中の二酸化炭素と水を取り込んでセルロースを形成し酸素を吐き出す光合成の出来る生物です。
その仕組み光合成は化学式では
6co2+6h2o+太陽熱エネルギー→c6h12o6(ブドウ糖)+6o2
だそうです。
そして私が木を燃やしたり、木が腐って土に還ると・・・・
c6h12o6+6o2→6co2+6h2o+熱エネルギー
となるのです。
根から水を吸って葉の葉緑素が太陽光エネルギーでもってco2とH2oを反応させて栄養を作っている・・・それ位までは理解していましたが、実際の化学式まで出てくると目からウロコでしたね。
そして木をエネルギーとして使うと逆の計算になる・・・なるほど
植物はco2を固定化できるのでco2の缶詰みたいな存在と言えます。
でも必要なのは長期間に渡って固定化してくれる事であり、草のように一年で固定しては枯れて再びco2に戻る(微生物による草の分解過程で発生する)ショートサイクルでは大気中のco2量の削減には貢献しないと言うものです。
植物における「木」と「草」の違いってご存知でしょうか?
竹は「草」の分類です、植物の中で成長をし続けるものを「木」と呼び、一定の成長で止まってしまうものを「草」と分けるそうです。ブドウやイチゴなども「樹」であり「草」とは呼ばないのもこういう理由です。
ですから二酸化炭素の長期固定には草は不向きであり、木が向いている訳です。
木は樹齢も長く、固定化した状態で長く使うことができますからね。
それとて長期では循環しているサイクルでありco2を地球上から消している訳ではありません。
木はどんどんco2を吸収して固定します、スギでそのサイクルは90年程度らしいです。
つまり90年生のスギはco2吸収は飽和してしまい、それ以降はほとんど吸収しなくなるというデータがあるそうです。これは森林を学ぶにあたり興味深いデータですね。
これ位の樹齢の木を切って木は木材として使う、そして新しい木を植えてどんどんco2の固定化を図る、こういう事が今求められているのです。
木を構成する成分は、化学式ではc6h12o6(ブドウ糖)が変化したものだそうです。
炭素6に水素12酸素6、重量は1/2がcなので1kgの木材を作るには0.5kgのCと、1.83kgのco2が必要という計算になるそうです。
木の重さが分かれば、その木がどれだけのco2を固定化しているのか数値化できる訳ですね。
長期間に渡って木を使いつづけること、そして新しい木を育てること、これがco2をより多く固定化させる為に求められています。
さて建築の話です。
現在の日本の木造の寿命は25年程度と言われています。
これをもっと長期化できればco2削減には貢献できる事になります。
解体された家屋は燃やされたり腐ったりして固定化していたco2を再び大気中に放出させてしまうからです。
そんな事言っても"傷んだ古い家"になんか誰も住みたくない、古い家は今のライフスタイルにそぐわない、それはそうだと思います。
私も生まれてすぐに築100年を迎えた家で育ちましたから・・・
昔の家は構成している材料は「木」「石」「紙や縄など植物原料のもの」「土(瓦)」とガラス程度でした。
文明が進むと電線が張られ「自然に帰せない材料」が加わり、補強と称して金属が加わりました。
現在建てられる木造の家は「サイディング」という再利用も難しい材料に「ビニールクロス」だとか「石膏ボード」とか「合板」という接着剤の塊などで構成されています。やれ24時間換気だの空調だのと沢山の電化製品が取り付けられ、プラスチックも沢山使われています。
屋根もコロニアルとかいう合成樹脂の塊です。
新建材と呼ばれるそれらが作られる際には膨大な量のco2が排出されています。
古い家は壊しても廃棄物の大半は自然に還す事が出来るものばかりです。
今の家は壊すと埋め立て処分するしかないものが沢山出来ます。
今産業廃棄物の処理コストは上昇し続けています。
私が手がけているログハウス、建物を構成するのはほとんど全部「木」です。
壁は木オンリー、床下と天井にウールやガラスの断熱材を使いますが、壁は木のみです。
組み合わせるドアや窓も木製です。
僅かに金属とガラスを使いますが、処分に困る樹脂やアルミサッシはほとんど使いません。
ここに建材を作り出すために必要なエネルギーを比較した表があります。

基礎のコンクリートや釘金物も多少は使っていますが、コンクリート造りの家や鉄骨作りの家が如何に大きな環境負荷をかけて作られるかイメージ出来そうです。
私がログハウスを好きな理由は、
建物として作られるまでの環境負荷が少ない事
建物が自然素材たる木でほぼ構成されている事
室内空間が快適で精神的にも良い事(シックハウスは無縁です)
建物が地震に対してメチャクチャ強い構造体である事
建物のデザインも内装もカッコいい事
これだけ膨大な量の木を使って作っている割に「安い」事
建物としてシンプルな事(メンテナンスが易い)
大切に使えば一生使いつづけられる程の耐久性がある事
(つまり老後にボロボロのマイホームで暮らさなくても良いって事)
鉄砲で撃たれても弾が貫通して来ない事(西部劇の見すぎ?)
環境にも住む人にとっても優しい建物という事で、ログハウスに住んでログハウスを作るという仕事をしています。
もちろん昔ながらの木をふんだんに使った在来工法もやっています。
だから暖房も化石燃料をやめて薪ストーブを燃やして賄っている訳です。
地球温暖化が叫ばれ、大気中のco2濃度の上昇が元凶であるとする説が有力視され支持を集めています。
その矢面に立たされているのが化石燃料であることは周知の通りですね。
地下深く封印されていた過去の時代のco2の塊たる化石燃料、原油に天然ガスなど、私達はこれらを資源として地上へ持ち出し、使い終わったカスとしてco2化して大気中にバラマクという行為をこの僅か100数十年の間に急速に行いました。
その結果地球を覆っているオゾン層にオゾンホールが・・・
という訳で「木」が注目されています。
なぜなら「木は地球上で唯一co2を長期固定化できる物質だからです」
だからどんどん木を育て、木を使って温暖化を防止しようなどと言われています。
ここで多くの誤解が生じています。
「地球温暖化を防止する為にはco2の削減が必要である」 これはyesだと思います。
「その為に木を植えましょう」 これはNOです。
「その為に植物を育てましょう」これは△です。
co2削減の為にはエネルギーの消費絶対量を減らす必要があります。
化石エネルギーを非化石エネルギーで代替する事が必要であるとされ、バイオマス発電だのペレット燃料だのと言われています。
もし、大気中に放出されてしまったco2がどこにも吸着、固定されないとすれば、例えバイオマスだろうとペレットだろうと原子力だろうと、大気中のco2は減りません。ただ増加スピードが鈍くなるだけですね。
発生するco2を環境負荷なく固定できる能力を持っているのは植物のみです。
植物は大気中の二酸化炭素と水を取り込んでセルロースを形成し酸素を吐き出す光合成の出来る生物です。
その仕組み光合成は化学式では
6co2+6h2o+太陽熱エネルギー→c6h12o6(ブドウ糖)+6o2
だそうです。
そして私が木を燃やしたり、木が腐って土に還ると・・・・
c6h12o6+6o2→6co2+6h2o+熱エネルギー
となるのです。
根から水を吸って葉の葉緑素が太陽光エネルギーでもってco2とH2oを反応させて栄養を作っている・・・それ位までは理解していましたが、実際の化学式まで出てくると目からウロコでしたね。
そして木をエネルギーとして使うと逆の計算になる・・・なるほど
植物はco2を固定化できるのでco2の缶詰みたいな存在と言えます。
でも必要なのは長期間に渡って固定化してくれる事であり、草のように一年で固定しては枯れて再びco2に戻る(微生物による草の分解過程で発生する)ショートサイクルでは大気中のco2量の削減には貢献しないと言うものです。
植物における「木」と「草」の違いってご存知でしょうか?
竹は「草」の分類です、植物の中で成長をし続けるものを「木」と呼び、一定の成長で止まってしまうものを「草」と分けるそうです。ブドウやイチゴなども「樹」であり「草」とは呼ばないのもこういう理由です。
ですから二酸化炭素の長期固定には草は不向きであり、木が向いている訳です。
木は樹齢も長く、固定化した状態で長く使うことができますからね。
それとて長期では循環しているサイクルでありco2を地球上から消している訳ではありません。
木はどんどんco2を吸収して固定します、スギでそのサイクルは90年程度らしいです。
つまり90年生のスギはco2吸収は飽和してしまい、それ以降はほとんど吸収しなくなるというデータがあるそうです。これは森林を学ぶにあたり興味深いデータですね。
これ位の樹齢の木を切って木は木材として使う、そして新しい木を植えてどんどんco2の固定化を図る、こういう事が今求められているのです。
木を構成する成分は、化学式ではc6h12o6(ブドウ糖)が変化したものだそうです。
炭素6に水素12酸素6、重量は1/2がcなので1kgの木材を作るには0.5kgのCと、1.83kgのco2が必要という計算になるそうです。
木の重さが分かれば、その木がどれだけのco2を固定化しているのか数値化できる訳ですね。
長期間に渡って木を使いつづけること、そして新しい木を育てること、これがco2をより多く固定化させる為に求められています。
さて建築の話です。
現在の日本の木造の寿命は25年程度と言われています。
これをもっと長期化できればco2削減には貢献できる事になります。
解体された家屋は燃やされたり腐ったりして固定化していたco2を再び大気中に放出させてしまうからです。
そんな事言っても"傷んだ古い家"になんか誰も住みたくない、古い家は今のライフスタイルにそぐわない、それはそうだと思います。
私も生まれてすぐに築100年を迎えた家で育ちましたから・・・
昔の家は構成している材料は「木」「石」「紙や縄など植物原料のもの」「土(瓦)」とガラス程度でした。
文明が進むと電線が張られ「自然に帰せない材料」が加わり、補強と称して金属が加わりました。
現在建てられる木造の家は「サイディング」という再利用も難しい材料に「ビニールクロス」だとか「石膏ボード」とか「合板」という接着剤の塊などで構成されています。やれ24時間換気だの空調だのと沢山の電化製品が取り付けられ、プラスチックも沢山使われています。
屋根もコロニアルとかいう合成樹脂の塊です。
新建材と呼ばれるそれらが作られる際には膨大な量のco2が排出されています。
古い家は壊しても廃棄物の大半は自然に還す事が出来るものばかりです。
今の家は壊すと埋め立て処分するしかないものが沢山出来ます。
今産業廃棄物の処理コストは上昇し続けています。
私が手がけているログハウス、建物を構成するのはほとんど全部「木」です。
壁は木オンリー、床下と天井にウールやガラスの断熱材を使いますが、壁は木のみです。
組み合わせるドアや窓も木製です。
僅かに金属とガラスを使いますが、処分に困る樹脂やアルミサッシはほとんど使いません。
ここに建材を作り出すために必要なエネルギーを比較した表があります。

基礎のコンクリートや釘金物も多少は使っていますが、コンクリート造りの家や鉄骨作りの家が如何に大きな環境負荷をかけて作られるかイメージ出来そうです。
私がログハウスを好きな理由は、
建物として作られるまでの環境負荷が少ない事
建物が自然素材たる木でほぼ構成されている事
室内空間が快適で精神的にも良い事(シックハウスは無縁です)
建物が地震に対してメチャクチャ強い構造体である事
建物のデザインも内装もカッコいい事
これだけ膨大な量の木を使って作っている割に「安い」事
建物としてシンプルな事(メンテナンスが易い)
大切に使えば一生使いつづけられる程の耐久性がある事
(つまり老後にボロボロのマイホームで暮らさなくても良いって事)
鉄砲で撃たれても弾が貫通して来ない事(西部劇の見すぎ?)
環境にも住む人にとっても優しい建物という事で、ログハウスに住んでログハウスを作るという仕事をしています。
もちろん昔ながらの木をふんだんに使った在来工法もやっています。
だから暖房も化石燃料をやめて薪ストーブを燃やして賄っている訳です。
2009年02月25日

ログハウスの種類
ログハウスにはいくつかタイプがあります。
まずログハウスというのは和製英語であり、英語ではログキャビン、またはログホームと呼ばれます。
先に日本のログハウスは法規的には丸太組工法によるものだと説明しました。
でも一般的には雑誌の影響やマスコミ報道などもあり、木で作られる家全般を指すようになっています。
ログハウスの種類として

ハンドカットログハウスです。
ログビルダーと呼ばれる職人がチェンソーで丸太を刻んで作ります。
ドラマ「北の国から」で建てていたのもこのハンドカットログハウスですね。
ハンドメイドなログハウスです。

マシンカットログハウスです。
北欧で生まれた製法で、従来手作業で作られコストと質のバランス、そして長い制作期間を要していたログハウスを工業化し大量生産出来るようにしたものです。
丸太を製材して規格化、ノッチと呼ばれる組み手部分も機械加工することで大量生産と品質の均等化が図られ低価格化しました。
そして特別な技術が無くとも、素人でも用意に組み立てられるログハウスキット化されました。
ハンドメイドのハンドカットログではどうしても天然資源たる材木の太さは均等には出来ず、加工精度も限界がありましたが、製材した規格材を用いるマシンカットログでは加工の機械化もあり質がほぼ一定になりました。このメリットにより日本の耐震性能規定や、防火性能規定をクリアできるだけの性能を有す事の証明が容易になり、現在の様に市街地での建築が容易になりました。
これについてはまた別で詳しく書きます。

マシンカットの仲間であるダブテイルと呼ばれるスタイルのログです。
ダブテイルとは「ハトの尾」であり、ノッチのデザインが似ていることから呼ばれています。
これはマシンカットのダブテイルです。

こちらはハンドカットでのダブテイルです。
北米で多く見られます、太い丸太ををそのまま積んだのでは室内の圧迫もスゴイし不経済です。
材を削いで平面化し、ノッチ加工もある程度容易に出来るダブテイルでこうやって荒壁を作り、隙間はコーキング材と断熱材で埋めて大きな木で効率よくログを作り出せる様式です。
日本の建築法規でログハウスが認められた時、法規ではノッチは芯から外へ30センチ以上突き出している事が要件でした。これは地震の横揺れの力で組み手が抜けてしまうような構造はダメという事でした。なのでノッチの突き出しの無いダブテイル様式のログは事実上建てる事が出来ませんでした。
建築確認の不要な地域では建てることは出来ましたが、確認不要だからといって合法建築なのか?と問われれば合法建築ではなかった訳です。
その後の法規改正と性能規定の導入により、「構造計算で安全が確認できる有効な補強を行なったものについてはノッチの突き出しはこの限りではない」という事で、ダブテイルでも建築確認申請をクリアできる道が開けました。
実際には「有効な補強とは何か?」であり個別物件毎に建築行政相手にカンカンガクガクやっている状況です。

ポスト&ビーム(P&B)と呼ばれるタイプのログハウスです。
建築法規上は「木造軸組工法=在来工法」です。
つまり一般に広く普及している木造建築なのですが、太い丸太の柱や梁を見せて建てる様式は「在来工法」とは一線を画く存在であり、デザインもまた大屋根のログハウスっぽいものが多かった事からログハウスの仲間という風に捕らえられるようになりました。
法規上はあくまで在来工法なので建築地は木造が建つ場所ならどこでも建てられます。
P&Bは丸太組工法のログとは断熱性能もログとしての特徴も全く異なります、様式が違うので当然と言えば当然です。これを区分して丸太組のログを「フルログ」と称したりします。
P&Bの特徴はそのまんま在来工法の建物です。
フルログでは他にバッド&パスという工法のログもあります。
これはノッチで組むのではなく、単にログを積み上げただけの工法です。
当然横揺れに対する耐震性の確認が出来ない為、一般的に建築することは出来ません。
一部のメーカーに建築法38条認定(現在38条は削除)を取得したモデルがあり、そのモデルのみ合法建築できます。まぁトラブルがとっても多い工法なので後悔したい方はどうぞ。
P&Bの亜流にはピース&ピース(ピーセンピース)というものがあります。
これは柱と柱の間に丸太を落としこんで壁を作るという、フルログとP&Bのハイブリッドな奴です。
在来工法では耐震性向上の為に「筋交い」を入れることが大前提ですが、ピーセンは丸太を落とし込んでいるので物理的に筋交いを入れることが出来ません。
ですからやはり建築許可は取れない工法です。
実際に建てられているものもありますが、屋根荷重に押されて斜めに傾いているなど地震国では問題の起こり易い工法です。
そして基本的な工法は一緒でも、仕様によって随分とその性能は変わります。
ピンからキリまであるそれらを「ログハウスだからこうだ」とは言えなくなってしまっています。
良い物はどんどん良くなっていますし、チープなものも多数存在します。
ログハウスでの住宅や別荘を検討するにあたっては、どういう建物を希望するのかよく熟考する必要がありますね。
先日も地元新聞で「有志の作ったログハウス」などという見出しでデカデカと記事が載っていました。
よく見るとただの外装を木仕上げにしただけの在来工法でした。
新聞社であってもこの程度の認識しかないのですから・・・
ありゃウッディーハウスとでも書かないとダメですね。
しかもそれらは防火規定のある土地では要件を満たさないと「違法建築」です。
まずログハウスというのは和製英語であり、英語ではログキャビン、またはログホームと呼ばれます。
先に日本のログハウスは法規的には丸太組工法によるものだと説明しました。
でも一般的には雑誌の影響やマスコミ報道などもあり、木で作られる家全般を指すようになっています。
ログハウスの種類として

ハンドカットログハウスです。
ログビルダーと呼ばれる職人がチェンソーで丸太を刻んで作ります。
ドラマ「北の国から」で建てていたのもこのハンドカットログハウスですね。
ハンドメイドなログハウスです。

マシンカットログハウスです。
北欧で生まれた製法で、従来手作業で作られコストと質のバランス、そして長い制作期間を要していたログハウスを工業化し大量生産出来るようにしたものです。
丸太を製材して規格化、ノッチと呼ばれる組み手部分も機械加工することで大量生産と品質の均等化が図られ低価格化しました。
そして特別な技術が無くとも、素人でも用意に組み立てられるログハウスキット化されました。
ハンドメイドのハンドカットログではどうしても天然資源たる材木の太さは均等には出来ず、加工精度も限界がありましたが、製材した規格材を用いるマシンカットログでは加工の機械化もあり質がほぼ一定になりました。このメリットにより日本の耐震性能規定や、防火性能規定をクリアできるだけの性能を有す事の証明が容易になり、現在の様に市街地での建築が容易になりました。
これについてはまた別で詳しく書きます。

マシンカットの仲間であるダブテイルと呼ばれるスタイルのログです。
ダブテイルとは「ハトの尾」であり、ノッチのデザインが似ていることから呼ばれています。
これはマシンカットのダブテイルです。

こちらはハンドカットでのダブテイルです。
北米で多く見られます、太い丸太ををそのまま積んだのでは室内の圧迫もスゴイし不経済です。
材を削いで平面化し、ノッチ加工もある程度容易に出来るダブテイルでこうやって荒壁を作り、隙間はコーキング材と断熱材で埋めて大きな木で効率よくログを作り出せる様式です。
日本の建築法規でログハウスが認められた時、法規ではノッチは芯から外へ30センチ以上突き出している事が要件でした。これは地震の横揺れの力で組み手が抜けてしまうような構造はダメという事でした。なのでノッチの突き出しの無いダブテイル様式のログは事実上建てる事が出来ませんでした。
建築確認の不要な地域では建てることは出来ましたが、確認不要だからといって合法建築なのか?と問われれば合法建築ではなかった訳です。
その後の法規改正と性能規定の導入により、「構造計算で安全が確認できる有効な補強を行なったものについてはノッチの突き出しはこの限りではない」という事で、ダブテイルでも建築確認申請をクリアできる道が開けました。
実際には「有効な補強とは何か?」であり個別物件毎に建築行政相手にカンカンガクガクやっている状況です。

ポスト&ビーム(P&B)と呼ばれるタイプのログハウスです。
建築法規上は「木造軸組工法=在来工法」です。
つまり一般に広く普及している木造建築なのですが、太い丸太の柱や梁を見せて建てる様式は「在来工法」とは一線を画く存在であり、デザインもまた大屋根のログハウスっぽいものが多かった事からログハウスの仲間という風に捕らえられるようになりました。
法規上はあくまで在来工法なので建築地は木造が建つ場所ならどこでも建てられます。
P&Bは丸太組工法のログとは断熱性能もログとしての特徴も全く異なります、様式が違うので当然と言えば当然です。これを区分して丸太組のログを「フルログ」と称したりします。
P&Bの特徴はそのまんま在来工法の建物です。
フルログでは他にバッド&パスという工法のログもあります。
これはノッチで組むのではなく、単にログを積み上げただけの工法です。
当然横揺れに対する耐震性の確認が出来ない為、一般的に建築することは出来ません。
一部のメーカーに建築法38条認定(現在38条は削除)を取得したモデルがあり、そのモデルのみ合法建築できます。まぁトラブルがとっても多い工法なので後悔したい方はどうぞ。
P&Bの亜流にはピース&ピース(ピーセンピース)というものがあります。
これは柱と柱の間に丸太を落としこんで壁を作るという、フルログとP&Bのハイブリッドな奴です。
在来工法では耐震性向上の為に「筋交い」を入れることが大前提ですが、ピーセンは丸太を落とし込んでいるので物理的に筋交いを入れることが出来ません。
ですからやはり建築許可は取れない工法です。
実際に建てられているものもありますが、屋根荷重に押されて斜めに傾いているなど地震国では問題の起こり易い工法です。
そして基本的な工法は一緒でも、仕様によって随分とその性能は変わります。
ピンからキリまであるそれらを「ログハウスだからこうだ」とは言えなくなってしまっています。
良い物はどんどん良くなっていますし、チープなものも多数存在します。
ログハウスでの住宅や別荘を検討するにあたっては、どういう建物を希望するのかよく熟考する必要がありますね。
先日も地元新聞で「有志の作ったログハウス」などという見出しでデカデカと記事が載っていました。
よく見るとただの外装を木仕上げにしただけの在来工法でした。
新聞社であってもこの程度の認識しかないのですから・・・
ありゃウッディーハウスとでも書かないとダメですね。
しかもそれらは防火規定のある土地では要件を満たさないと「違法建築」です。
2009年02月21日

木研第132回
大分県木造建築研究会
略して木研と呼ばれる組織に参加しております。
大分大学工学部の井上教授が事務局長を務めるこの研究会、在来工法や木造の構造物などについていろいろと勉強したり、情報交換する設計士さんなどが中心の会です。
私は「建築士資格を持ってない」し、そもそも大学の工学部などにも縁の無い人間です。
しかし木造建築の中の木造建築たるログハウス(丸太組工法)のプロを自負していることは確かです。
木についての勉強は尽きることが無いと思っています。
この会に参加して判った事、それは・・・
「大学の建築学部では木造建築の事は勉強しない」
という事です。S造(鉄骨)やRC造(鉄筋コンクリート)については散々勉強するらしいのですが、木造については基本的なカリキュラムではほとんど出てこないそうです(本当なんでしょうか?)
確かにログハウスの建築法規たる「丸太組工法」について熟知している建築士って日本中でも100人居るか居ないか位だと思います。(法規改正もあったので旧法とも違う)
最も建築士さんにとっては多少勉強すれば法規はマスターできる事なのでしょうけど。
でもログハウスでは経験値なくして語れない分野です。
新参者の無理な設計で「悪夢のログハウスに暮らす」事態に陥っているオーナーさん、結構多いんですよね・・
そういう意味では私なんざめずらしい存在なのかもしれません。
というのも設計士は現場で釘を叩いたり、実際に施工に携わることってほとんどありません、私は設計もするし現場にも入るし(忙しくなったら入れない)、入るの好きですし、そして営業してオーナーとなるお客さんといろんな提案したりと「なんでもやってしまう」んですよね。
今回で132回目の例会
テーマは「木材・木質資源の利用技術に関する講習会」
建築のみならず、木製ガードレールとか木橋とか、木を使った構造物など木を有効利用する為の技術についてや、そもそもどうして木を沢山使ってゆく必要があるのか?などについてお勉強です。
講師は研究者の方が多いので「何でもとりあえず疑問符」です。
今私達が地球温暖化だと騒ぎ、その元凶はco2である。
研究者からすればそこから疑問符が付くのですが、それは前提が崩れるのでそこは置いといて・・・
京都議定書の言わんとする事はあーこーであり、そーこーだから今は木材を積極的に使っていきましょうという結論になる訳です。
で「木」という天然資源の特性についてもおさらいし、問題点なども。
まぁ木は腐りますからね、間違った使い方をすればとんでもない事にもなる訳です。
ログハウスという建物は構造のほとんど全てを木で作ります、ゆえに木の特性や強度などを十分に理解していないと危険な建物を作ってしまう事に繋がるのですが、基本的な事柄から専門的な事柄まで勉強できるのがこの研究会の面白いところです。
実際の施工例と失敗例を見ていると「オイオイ、そりゃマズイっしょ?」ってつっこみたくなるような事を平気でやっている訳ですからね。
昨年夏「腐り始めているログハウスの修繕」の模様をupしていますが、私達にとっては当たり前のようなことでもまだまだ建築業界では一般認知されていないんだなぁと愕然。
ちなみに私は江戸末期築の生家で18まで過ごし、木造校舎の日土小学校で6年間です。
略して木研と呼ばれる組織に参加しております。
大分大学工学部の井上教授が事務局長を務めるこの研究会、在来工法や木造の構造物などについていろいろと勉強したり、情報交換する設計士さんなどが中心の会です。
私は「建築士資格を持ってない」し、そもそも大学の工学部などにも縁の無い人間です。
しかし木造建築の中の木造建築たるログハウス(丸太組工法)のプロを自負していることは確かです。
木についての勉強は尽きることが無いと思っています。
この会に参加して判った事、それは・・・
「大学の建築学部では木造建築の事は勉強しない」
という事です。S造(鉄骨)やRC造(鉄筋コンクリート)については散々勉強するらしいのですが、木造については基本的なカリキュラムではほとんど出てこないそうです(本当なんでしょうか?)
確かにログハウスの建築法規たる「丸太組工法」について熟知している建築士って日本中でも100人居るか居ないか位だと思います。(法規改正もあったので旧法とも違う)
最も建築士さんにとっては多少勉強すれば法規はマスターできる事なのでしょうけど。
でもログハウスでは経験値なくして語れない分野です。
新参者の無理な設計で「悪夢のログハウスに暮らす」事態に陥っているオーナーさん、結構多いんですよね・・
そういう意味では私なんざめずらしい存在なのかもしれません。
というのも設計士は現場で釘を叩いたり、実際に施工に携わることってほとんどありません、私は設計もするし現場にも入るし(忙しくなったら入れない)、入るの好きですし、そして営業してオーナーとなるお客さんといろんな提案したりと「なんでもやってしまう」んですよね。
今回で132回目の例会
テーマは「木材・木質資源の利用技術に関する講習会」
建築のみならず、木製ガードレールとか木橋とか、木を使った構造物など木を有効利用する為の技術についてや、そもそもどうして木を沢山使ってゆく必要があるのか?などについてお勉強です。
講師は研究者の方が多いので「何でもとりあえず疑問符」です。
今私達が地球温暖化だと騒ぎ、その元凶はco2である。
研究者からすればそこから疑問符が付くのですが、それは前提が崩れるのでそこは置いといて・・・
京都議定書の言わんとする事はあーこーであり、そーこーだから今は木材を積極的に使っていきましょうという結論になる訳です。
で「木」という天然資源の特性についてもおさらいし、問題点なども。
まぁ木は腐りますからね、間違った使い方をすればとんでもない事にもなる訳です。
ログハウスという建物は構造のほとんど全てを木で作ります、ゆえに木の特性や強度などを十分に理解していないと危険な建物を作ってしまう事に繋がるのですが、基本的な事柄から専門的な事柄まで勉強できるのがこの研究会の面白いところです。
実際の施工例と失敗例を見ていると「オイオイ、そりゃマズイっしょ?」ってつっこみたくなるような事を平気でやっている訳ですからね。
昨年夏「腐り始めているログハウスの修繕」の模様をupしていますが、私達にとっては当たり前のようなことでもまだまだ建築業界では一般認知されていないんだなぁと愕然。
ちなみに私は江戸末期築の生家で18まで過ごし、木造校舎の日土小学校で6年間です。